【金言29】フョードル・ドストエフスキー

【金言】| 酒井FP綜合事務所

分かっていても、消費と投資、そして浪費(無駄)の区別がつかなくなるってこと、ありますよねぇ。

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もし他に方法がなければ乞食になってもいい。しかも乞食になったらその日から、手に入ったお金は自分のためにも、家族のためにも、無駄なことに絶対に浪費しないという徹底的な粘り強さ。ー これさえあれば、人間は誰でも金持ちになれるものである

ロシアの小説家・思想家/フョードル・ドストエフスキー

乞食を”食物・金銭を恵んでもらって生活する人。物もらい。”と表現するなら、、、願わくばそのような状態になりたくない。しかし”僧が修行のため家の前に立ち、鉢をささげ、食をこい歩くこと。托鉢。”と理解するならばそれは修験者であり、”心を鍛錬し、自身の投資を乞うこと”と理解できます。

無駄は、人によって定義が異なります。無駄への消費(浪費)はその瞬間結論が完結する状態であり、将来回収できる消費(投資)は将来完結する支出です。しかもそれを継続できれば金持ちになれることは言うまでもありません。

  • 子どもが買い物をねだるとき、親はひとこと”欲しいの?”か”必要なのか?”を問うこと。
  • 自分にとって”使える”ものなのか、”持ちたい”ものなのか、考えること。
  • ”急に欲しくなった”ものなのか、”以前から必要だと思っていた”ものなのか、時間軸をもつこと

できているようで、なかなかできない”持続性”こそが、もっとも大切な尺度だと言えます。


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